[あふり歌留多(アフリカルタ)]

 

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「サラダ記念日」みたいんでいいんだろう?、とはじまるあふり歌留多(アフリカルタ)。

 和歌(短歌)形式なので(それもヘタクソなやつばっかり)、百人一首としても遊んでいただけます(ただし全首読み人知らず)。

 1サイクル以上すすんだならば、Webにまとめて掲載予定です。でも、出来が良かったらの話。とか言って、載せちゃいました〜。

アフリカの

どこが好きかと

問われても

形容しがたい

狂気あるのみ

 解説

 西洋のアフリカ研究者などのあいだで、昔から言われているたとえに、「アフリカの毒」というのがあります。飲んだり触れてしまったら最後、薬物中毒患者のように、それなしではとうてい暮らせないという厄介なものです。インフルエンザ等の感染症とは異なり、周囲に迷惑をかけつつ、自己完結している場合が多い、というのが特徴です。

 

いつまでも

発展しない

アフリカと

言うことなかれ

省エネ先進

 解説

 好むと好まざるとにかかわらず、南アフリカの大都市などをのぞいて、アフリカはエネルギー使用が少ない。国や地域のスパンでなく、個人のスパンとして、おおかたの日本人ってバケツ1杯ずつの水で毎日を暮らしたことってない。 電気なくて満足できます? 光の洪水のような生活から、夜は暗く、怖いもんなんだ、という生活へ渡るとき、別の意味で人間性が回復していくように感じることじたい、贅沢だッちゅーところが悲しい。

 

うんこする

穴の直径

10センチ

命中させるに

ケツ芸必要

 解説

 世界中、かわや談議はつきません。

 本当にこのカルタの内容は、今となっては記憶に自信がなく、夢かまぼろしか、はたまた勘違いだったのかと思うときがあります。

 その昔、東アフリカの田舎家でトイレを借りようとして、案内されたフロ場(といっても冷水で身体を洗うだけの場所)で、トイレとして示された地点には、直径10センチほどの穴が開いているだけでした。

 そこがトイレだったのか、それともフロ場の水を流し込む穴だったのか、それとも穴の両側に足かけ(足場)があって、れっきとした排水溝兼トイレだったのか、記憶はまったくあいまいなのに、一瞬ボーゼンとしたことだけは、よく覚えています。

 

映画館

日本人なら

泣く場面

笑いとばされ

文化の差知る

 解説

 生活圏、文化圏が違えば、笑いのツボが違うことも当たり前。

 顕著な例では、「タイタニック」という映画で、客船が折れるか傾くかして、人々が次から次へと海底にすべり落ちる場面で、東アフリカの観客から、どよめきともつかない笑いがおこったこと。

 だけど、あの映画に関して、そのリアクションは、けっこう自分のものと近い。

 

おかあさん

それはあんまり

太りすぎ

平均寿命は

日本の半分

 解説

 乳幼児死亡、マラリアや、HIVなどを含めた感染症、交通事故(また、地域によっては紛争)などのほかに、アフリカ大陸の平均寿命を引き下げているおもたる原因は、「食生活」だったりするのではないかと思ってしまう時がある。

 昨日までそこでぴんぴんしていた人が、ムシュトゥコ(mshtuko)の状態(突然死)で翌日逝ってしまう。一般人に容易に死亡の原因は分からないけれど、あの人、ビールが好きで、油で炒める、揚げる食事ばっかり摂ってたなあ、なんて思うと、おひたしや豆腐や納豆や緑茶がおそろしく重要に思えてくる自分は、やっぱり日本人だと思う。でも、自給率4割以下の国の国民が、あんまりえらそうなことは言えないかもしれない。

 ちなみに東アフリカの多くの地域は、食材であふれています。大根、シャンツァイ(コリアンダー/パクチー)、ビート、カリフラワー、いちご、ブルーベリーもあるでよ。

 

蚊が運ぶ

マラリアいくども

かかりしや

温暖化による

繁殖憂う

 解説

 熱帯アフリカでマラリアを媒介するのは、ハマちゃんと呼ばれる蚊だ(正式には「ハマダラカ」です)。ハマちゃんにはなんどもマラリアを媒介していただいた。

 幸いに、高熱で寝込んだということはあまりありません。ふしぶし(関節)が痛み出してきたら、診療所に行って、指にぷちっと針を刺し、血液を採取する。それを顕微鏡でのぞいたら、マラリアにかかっているかどうかがすぐわかる。

 常用していたのは「コテキシン」という治療薬ですが、そのほかにも、さまざまな治療薬が薬局で売られている。

 最近ではだるいと思ったら、検査もせずに薬を飲む癖をつけてしまい、先日ケニア産の薬を勧められ、服用したら下痢になった。歩くたびにゴロゴロという気配がするのには閉口した。やっぱり検査を受けてから、ちゃんと自分にあった薬を服用しましょう。

 こう書くとマラリアなどたいしたことがないと思われてしまいそうですが、死にいたる危険な疾病です。

 温暖化によって、例えば日本でも蚊が死なない環境になったとしたら、マラリアは拡散するかもしれない。まっ先に犠牲になるのは乳幼児や高齢者なのである。そういう状況が、アフリカでは今も続いている。

 

緊急車

誰も寄せない

混雑路

対向車線を

走り去るかな

 解説

 「開発途上国」タンザニアでは、緊急車(救急車や消防車)が機能していないんじゃないかという印象(偏見)を持っている。

 ある日、めずらしくも、後方からサイレンが聞こえた。ところが、帰宅時間渋滞中の片側3車線道路で、どの車も路肩に寄せて道を譲る気配がない。

 すると消防車は、幅3mほどの中央分離帯を乗り越え、対向車線を猛スピードで、目的とする方向へ向かって、走り去ったのであった(そういうやりかたのほうが、世界では常識なのかもしれません)。

 

苦しけりゃ

あおいでごらんよ

キリマンジャロ

明日への希望が

頂に光る

 解説

 この句(歌)も、ほとんど苦しまぎれにひねり出したものである。アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ山は、東アフリカにある。ただし、へミングウエイの小説のように、ロマンチックともワイルドとも言えず、そこには日々の生活がある、という感じである。

 ちなみに、個人的には、ヘミングウエイは日本の文豪たち同様、変態だと思う(笑)。そして、これも個人的には、彼のアフリカ関連の小説のなかでは、「キリマンジャロの雪」よりは、「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」のほうが好きだ。

 

経済が

成長のみを

目的とせず

分配あれば

世は安穏かな

 解説

 経済や経済学にうとくても、経済的な格差がひろがれば、社会全体が不安定化することはわかる。グローバル間での格差もまたしかりである。

 ある地域が「経済的」に沈没すると、そこから人は豊かな地を目指して流出する。彼らは移民や不法滞在者となり、行った先の社会の不安定要素となる。

 だからといって流入してくる人々を、阻止、排斥すればいいというものではない。なぜなら格差とは、経済的に有利な人々の作るルールに、皆が巻き込まれて起こる側面があるわけで、火付け役は、経済的に有利な人、あるいは地域だったりするからである。

 くどいようだが、この記事を書いている者は、「経済のシロウト」である。しかしこのカルタの内容を反駁するために、みなさんが途上国の経済に関心を持ってくだされば、しめしめ、目的達成ということなのである。竹中平蔵には負けん。

 

国連の

大票田は

アフリカ大陸

援助でエサまく

先進国かな

 解説

 国連においては、どんなに人口が少なかろうが、GNPGDPが参加国中最底辺であろうが、1国1票であり、アフリカ諸国は国連のおよそ3分の1の票を占める(ちなみに「アフリカ」とは、国の名称ではなく、大陸の呼称であります、ヨロシク)。

 そして例えば日本がアフリカに「援助」を行うのも、基本的には「国益」が大きな理由であり、そのうちのひとつに、国連におけるアフリカ票も含まれる。ただし、アフリカ諸国が援助により平和で安定していることと、日本の国益は相反しない。

 

差別とは

人の心に

巣くうもの

「黒色」だけが

対象ではなし

 解説

 そんなバカな!、と思う方もおられるかもしれないが、アフリカでは韓国・中国・日本などの北東アジアの人々(すなわちモンゴロイド)は、時には差別の対象になる。

 それは、身体的差別(目が細いとか、寸足らずだとか)の場合もあれば、政治・経済・文化的差別、偏見の場合もある。

 個人的に東アフリカで1番ドタマにくることは、高校生をも含む若年層と、多くの場合、いい大人までもが、東洋人を見ると「チンチンチャンチャンヒーホーフーハー」と、侮蔑のことばを投げてくることである。

 こういった場合、いくら抗議しようとも、言って聞かせようとも、たいていの場合徒労に終わる。「あいつら『教養ないし』、精神年齢低いし…」と「差別する」よりほかない。

 

植民の

傷あと残る

半世紀

そうは言っても

もう半世紀

 解説

 アフリカ大陸の「国々」が、ヨーロッパ列強の植民からいっせいに独立したのが、1950年〜60年代である。

 独立後しばらくは、経済の沈下や地域紛争、そして総体的に世界の辺境であることも、ある程度「植民の傷あと」として処理できた。

 だけれど半世紀たった今、アフリカのさまざまな分野における難題を、「植民統治」のせいにする人は、当事者あるいは論客のあいだでもほとんど見かけない。こういう表現ではさしさわりがあるかもしれないが、「時は経った」ようである。

 それでも、「植民的システム」はグローバル化の負の部分にも存在するし、侵略、占領などを行ったほうが、その事実を忘れ去ってしまっていいという意味でもない。

 

スワヒリ語

結構知ってる

あの単語

シンバにラフィキに

ジャンボ、アサンテ

 解説

 スワヒリ語は、東アフリカ地方で使用される、クレオール化(母語化)したリンガフランカである。英語に押されて話者は減っているといわれてはや何十年、まだ使われているので大丈夫です(たぶん絶滅危惧種)。

 サファリなんていう語も、スワヒリ語だ(でも、もとはアラビア語からだったかもしれない。とんと忘れてしまいました)。

 ただ、「ライオン・キング」の主人公の日本読み「シンバ」は、正確には「スィンバ」だ。どうでもいいよ、そんなこと、って? その上、ケニアのマラソン選手の「ヌデレバ」は、たぶん正確には「ンデレバ」だ。ケニアも正確には「ケニャ」に近いかも。うるさいよ、そんなこと、って?

 

世界遺産

果てなく広い

セレンゲティ

生命力と

過酷さを見る

 解説

 このうた(笑)を詠んでいる者自身は、なんとセレンゲティに行ったことがない! 保護区や国立公園には数えるほどしか、つうか「通過」を除けば1、2回!!!?(興味がない) そういう者がこういう歌を詠んでも、臨場感はもとより、感動もなにももたらさない、ステレオタイプの作品ができるのだった。

 っていう以上に、アフリカに関する、政治・経済の歌を詠もうとしましたが、ひねんなきゃいけないしで、力尽きてしまった。それでてっとりばやく、セレンゲティを選んでみたものの、逆効果だった。というよりも、まず歌として「てい」をなしていないと言うか…。およよいよい。

 

そんなこと

言われたって

初対面

ラフィキと呼ばれ

くいものにされ

 解説

 「ラフィキ、ラフィキ(友よ友)」と呼ばれ、初対面なのに友達にされ、ビールをおごらされたり、無心されたりするのは、たぶんアフリカだけじゃない。「昔の日本」もそういう場面ってあったはず、…のような気がする。アフリカでは、今でも、人と人との距離が近いような気にさせられる。ただー、人と人との関係の「本質」は、どこでもあんまり変わらないのではないかなあ。

 注意すべきは、ホイホイ彼らの要求にこたえていると、毎朝家の前に行列ができるということかも。

   タ行以下、ウラフィキブログにて、一生懸命連載中です。

 

 

 

 

 

 

 

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