[珍連載 ドドンパ!呪医]

 

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[その12] 

 

 このおはなしは、東アフリカにおける実際の事象をもとに構成してあります。このおはなしを連載する目的はひとえに、「他文化理解へのてがかりを探す」ことです。同じ事象を目の前にして、人はさまざまな解釈を行います。そしてお互いを理解する接点を探すことが、人の営みにおけるマカフシギなところであります。フシギの国ニッポンからフシギの土地東アフリカへ、わたくしたちの旅が今はじまろうとしています(…って、なんのキャッチコピーかよ、って)。

はじめに

 その昔、西欧列強は東アフリカを統治するために、その地に植民地政府を置きました。それと前後して、宣教団や研究者たちも、東アフリカを訪れるようになっていました。そのとき東アフリカの信仰と儀礼、また伝統の医師とその医業に直接接した宣教師や研究者は、それらに西洋の用語「ウイッチクラフト(魔術・妖術)」をあてはめ、大いなる研究の対象としてきたのです。

 東アフリカの「魔術信仰」を研究する場合、はじめはそれを、「子供だまし」で「知能の低い」、「非論理的な」ものとしてみることが多かったのでが、次第に、このような西欧のバイアスから自由になろうとする努力もなされていきました。エヴァンズ=プリチャードという研究者はZandeという人々の間の「ウイッチクラフト」を例にとって、こう言っています。

「ヨーロッパのルールのもとで、妖術師が罰せられるべきかどうかという議論は、アフリカにおいて行われた妖術行為の、もともとの状況についての、正しい評価に欠けたものです。それはその妖術が、その共同体自体の理論を持っていることに間違いないか、あるいはアフリカ人自身が言うような、神秘的啓示という以上の証拠を示すことが難しい、完全なる秘儀なのです。信仰と慣習は、相互関係にあります。そしてウイッチに対するアフリカ人の信仰に対抗することなど、無益です。どうしてかといえば、それは知的に完璧に一貫したものであるからです。いいかえれば、わたくしたちヨーロッパ人が、どのようにアフリカ社会のウイッチを扱わなければならないかを考えることこそ、アフリカの社会制度に対するわれわれの、まったく困った態度のひとつなのです」(Evans-Pritchard "Witchcraft",1935,pp.421-422)

 かいつまんで言えば、ヨーロッパ人がアフリカの妖術やそれに対する信仰を、ヨーロッパのものさしをもちいてあれこれ非難し、裁くことこそ、もっとも困ったことだということなのです。

 それでは東アフリカの信仰ってどんなものなのでしょう。東アフリカにあるたくさんの信仰のかたちをまのあたりにすると、わたしたちは、ニッポンのさまざまな信仰を思いかえすこともできるのではないかと思うのです。

東アフリカ読本「ドドンパ!呪医」のはじまりはじまり。

文・絵 ダラダラマリ

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